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長野地方裁判所松本支部 平成6年(ヨ)82号 決定 1996年3月29日

債権者

小岩井美佐子

右代理人弁護士

中島嘉尚

小笠原稔

山内道生

上條剛

債務者

芙蓉ビジネスサービス株式会社

右代表者代表取締役

松岡哲

右代理人弁護士

石塚久

木内千登勢

海老原信彦

主文

一  本件申立を却下する。

二  申立費用は債権者の負担とする。

事実及び理由

第一申立

一  債権者が、債務者に対し、債務者松本事業所を就労場所とする雇用契約上の権利を有する地位にあることを仮に定める。

二  債務者は、債権者に対し、平成六年五月二一日以降本案判決確定に至るまで、毎月一三万八〇二四円の割合による金員を毎月二六日限り仮に支払え。

三  申立費用は債務者の負担とする。

第二事案の概要

一  前提となる事実

1  債務者は、昭和五六年四月に設立された、電機機械器具の部品の加工等を目的とする会社であり、富士電機株式会社(以下単に「富士電機」という。)の一〇〇パーセント出資の子会社である。

2  債権者は、昭和一八年八月五日生まれの女性(平成六年五月二〇日当時五〇歳)で、昭和五六年四月一日に債務者松本事業所に採用され、以後、債務者松本事業所の従業員として勤務するようになったのであるが、本件当時は債務者松本事業所と同一敷地内にある富士電機株式会社松本工場(以下「富士電機松本工場」という。)に派遣されて、同工場の本工と共に、外部から入ってくる部品の数、寸法、規格、品質の受入れ検査業務に従事していた。債権者の平成六年四月までの松本事業所における勤務年数は約一三年である。

なお、債権者は、平成六年四月当時、債務者から月額金一三万八〇二四円の賃金を毎月二六日払いで支払われていた。

3  債務者は、平成六年四月二〇日又は二二日、債権者に対し、定期社員としての六か月の雇用契約期間が満了するなどと主張して、同年五月二〇日をもって同人との間の雇用契約を終了する旨の意思表示をなした(以下この意思表示を「本件雇止め」という。)。

本件仮処分申立は、債権者が、債務者に対し、本件雇止めは無効であると主張して、雇用契約上の地位の保全と賃金仮払いを求めるものである。

二  当事者の主張の要旨

1  債権者

(一) 債務者との間の雇用契約の性格

債権者は、債務者松本事業所に勤務するようになって暫くして、同事業所担当者から、契約期間を三か月とする書面に署名押印するよう求められたのでこれに応じ、その後今日に至るまで三〇回以上反復して同様の書面(なお平成年号になってから以降は契約期間は六か月となった。)に署名押印してきたものである。しかしながら、右扱いは形式的なものにすぎず、署名押印する際に担当者から説明や格別の辞令交付はなく、記載された契約期間を区切りとして債権者の具体的な就労内容や労働条件にも何ら変更もなかった。さらに、債権者の就労時間や就労内容も富士電機松本工場の本工と変わりはなく、本工と共に生産現場において基幹的労働者として稼働していたものである。

よって、債権者と債務者との間の雇用契約は、期間の定めのない契約であるか、又はその実質において期間の定めのない雇用契約と異ならない状態で存在していたものというべきであり、債務者が主張する六か月の契約期間が満了しても、当然には雇用契約は終了しない。

(二) 本件雇止めの効力

以上から、本件雇止めは解雇の意思表示に他ならないか、または実質において解雇の意思表示に該当するというべきであって、その効力の判断に当たっては、解雇に関する法理を適用または類推適用するべきである。

そして、本件雇止めは、債務者の経営状態の悪化等を理由とする整理解雇であるから、(1)企業が客観的に高度の経営危機にあり、解雇による人員削減が経営上必要止むをえないこと、(2)解雇に先立ち退職者の募集、出向、配置転換その他の余剰労働者吸収策を計り解雇回避のための最大限の経営上の努力を尽くしたこと、(3)整理解雇基準の設定及びその具体的適用(被解雇者の人選)がいずれも客観的合理性を有するものであること、(4)経営危機の実態、人員整理の必要性及びその手続について労働組合ないし労働者に十分説明を尽くし、協議を経たことの四要件を具備する必要があり、これら要件の一つでも欠ける場合、当該解雇は解雇権を濫用したものとして無効になる。

しかるに、本件雇止めは、右四要件のいずれをも充足しないのであって、その意思表示は解雇権を濫用したものであるから無効である。

すなわち、

(1) 債務者は、富士電機の子会社であり、同社に従属し経済的に不可分の存在であり、整理解雇を行う必要性の有無については、債務者及び富士電機を一体としてその経営状況等を検討すべきである。富士電機は、バブル経済崩壊後には対前年比減収減益となったとはいえ、平成五年度の決算においては、五五億四〇〇〇万円の経常利益を挙げており、その後、電機産業の景気は全体として回復基調にあり、平成七年三月期見通しでは増益が見込まれている。そして、債権者が派遣されている富士電機松本工場の経営状況も順調で需要に追いつかない部門もあり、平成六年四月には右松本工場において五五人の新規職員採用を行っている。

また、債務者松本事業所における、平成三年度から五年度の三か年の経常損失の累積は債務者が従属する富士電機が前記利益を計るために損失を債務者に転嫁した結果である。さらに、債務者松本事業所自身の業績も、同社の見通しでは平成六年度下半期において経常損益も黒字に転ずる見込みとなっている。

以上から、債務者には、雇止め(整理解雇)を行う経営上の必要性は全く認められない。

(2) 債務者は本件雇止めに先立ち希望退職の募集を行ったというが、社員全員に個別に面談して事情を説明するなどの措置を講じておらず、解雇回避のための努力としては評価するに値しない。また、債務者は、債権者に対し、雇止めに承諾しない場合の転職先を斡旋しているが、債権者は平成五年一二月二一日の段階で同転職を拒んだにも拘わらず、他の就業先を捜す等の努力を怠った。そして、債務者は、債権者に、右転職に応じないなら退社するように強制したものである。

以上から、債務者が、雇止め(整理解雇)を回避する最大限の努力を尽くしたとは到底認められない。

(3) 債務者は、雇止めの対象者を広い範囲で検討するべきであったのに、債権者を含めて当初から四名のみを対象者に限定しており、他の定期社員等と個別に面談し検討するなどの方策を取っていない。

債務(ママ)者は、独身女性で債務者からの給与所得に依存して生計を営んでおり、また、生活困窮者であるから、かような者を雇止め(整理解雇)の対象とすることには到底合理性が認められない。

なお、債権者は、債務者が主張するように、職場において協調性を欠いたり、勤務態度が不良であった事実は全くない。

以上から、債務者が設定した雇止め(整理解雇)対象者の人選の基準及び現実になされた人選にはいずれも合理性がない。

(4) 債務者が本件雇止めに関して債権者と面談したのは、二回にすぎず、本件雇止めに関する説明、協議を尽くしたとはいえない。

(三) なお、債務者は、債権者との間で、平成五年一二月二一日に、債権者が債務者を退職する旨合意した旨主張するが、かかる事実は存しない。

(四) 以上から、債権者と債務者との間には、保全すべき雇用契約関係が存在し、前記(二)(3)から保全の必要性も認められる。

2  債務者

(一) 主張(その1・合意解約)

債権者と債務者との間では、平成五年一二月二一日、他に就職斡旋の手だてを講じたが奏功しなかった場合という条件付ではあるが、平成六年五月二〇日をもって債権者が債務者を退職する旨の合意が成立した。

(二) 主張(その2・雇用期間満了による退職)

本件雇用契約は、債権者が債務者松本事業所に定期社員として、六か月間勤務するというものであり、最終の雇用契約は、平成五年一一月二〇日、期間を平成六年五月二〇日までの六か月間と定めて締結されたものである。したがって、本件雇用契約は、期間の定めのない契約や、期間の定めのない契約と実質的に変わりのない状態で存在しているとはいえず、あくまでも期間の定めのある契約に当たる。

そして、債務者は、定期社員に適用される就業規則の解雇予告規定に従い、雇用期間の満了する平成六年五月二〇日の三〇日前である同年四月二〇日に右五月二〇日をもって雇止めする旨予告した。

したがって、債権者と債務者との間の雇用契約は、右五月二〇日に期間満了により終了したものである。

(三) 主張(その3・本件雇止めの正当性)

本件雇用契約が、仮に期間の定めのない契約と実質的に異ならない状態で存在している等の理由から、本件雇止めの効力につき解雇に関する法理が適用ないし類推されるとしても、債権者は、期間の定めのある契約を前提とする定期社員であるから、終身雇用の期待の下に期間の定めのない契約を締結している正社員を整理解雇する場合とは自ずから合理的な差異があるべきである。

そして、本件において、債務者松本事業所がその殆どの受注を請け負っていた注文先である富士電機松本工場が、いわゆるバブル崩壊後の不況と急激な円高により極度の業績不振に追い込まれたため、債務者松本事業所も発注減等により大幅に売上が減少し平成三年度から平成五年度にかけて毎年大幅な赤字決算となった。そのため、債務者は、残業の削減、経費や人件費の圧縮等人員整理以外にとりうるあらゆる手法を駆使して経営の改善に努めたのであるが、なお赤字状態の解消の目処が立たなかった。債務者は、平成五年度の予算編成段階に至って人員整理もやむをえないとの結論に達し、本件雇止めに至るまでに、定期社員や特別社員に対し、退職勧奨したり希望退職を募るなどした。したがって、本件においては、雇止め(解雇)を行う企業経営上の強度の必要性があったというべきであり、前記のとおり、雇止め(解雇)を回避するためにあらゆる努力を尽くした。

さらに、雇止めの対象者の人選についても、債権者については、従来から自分勝手で職場内でも協調性がなく欠勤も多く上司から退職を勧告されたこともある等の事情があり、また、未婚でありその家庭環境からみても、雇止めによって直ちに生活が困窮、破綻することは考えがたかったことから、債権者を対象者に人選したものであって、同判断は合理的であったといえる。

そして、債務者松本事業所は、平成五年一一月一〇日に債権者を含む定期社員全員を集めて、人員整理の必要性につき説明し、同年一二月二一日に債権者個人に対して退職勧奨し転職先を斡旋するなどしたが、債権者は退職に合意したため、その後は協議等をしなかった。しかし、債務(ママ)者が従前の態度を翻したため、平成六年四月二〇日に協議、説得するとともに本件雇止めの意思表示をなし、同月二二日にも協議、説得したものである。したがって、債務者は、債権者に対し、事前に雇止めに関する協議、説明を行う義務を尽くしている。

以上から、本件雇止めは、有効である。

第三当裁判所の判断

一  本件雇用契約の性格について

疏(ママ)明資料及び審尋の全趣旨によれば、以下の事実を一応認めることができる。

1  債務者の設立

債務者は、富士電機の定年退職者に対する再雇用政策の一環として、従来富士電機等で行ってきた各種業務のうち主として電機機械器具の部品の加工、組立検査等の業務を分離し、これを同社から受託して行うことを主たる目的とし富士電機の一〇〇パーセント子会社として、昭和五六年四月に設立された。

2  債務者における従業員の雇用形態

債務者の従業員は、正社員、定期社員及び特別社員に分かれ、それぞれ別個の就業規則が適用される。右のうち、正社員は、期間の定めのない雇用契約を締結したもので、債務者松本事業所の正社員は全員富士電機からの出向者であった。特別社員は、富士電機を退職した満六〇歳を超えた正社員の中から、一年以内の期間を定めて債務者各事業所が採用する従業員である。

そして、定期社員は、一年以内の雇用期間を定めて債務者各事業所が採用する者で、その労働条件は、定期社員就業規則による他、債務者各事業所と各定期社員との間で作成される雇用契約書において定めるものとされている。定期社員については、右就業規則上、予め定められた雇用期間が満了したとき、やむをえない業務上の都合によるときは解雇し、その旨を三〇日前に予告する(但し雇用期間満了を理由とするときは一年以上雇用期間がある者について)との趣旨の規定がある。ただし、右就業規則には、予め定めた雇用期間が満了した定期社員を引き続き雇用することがある旨の規定もあり、現実に期間満了等により解雇(雇止め)された従業員は本件以前になかった。

なお、債務者では、正社員については、筆記・面接試験に合格し二カ月の試用期間を得(ママ)た後に再選考に合格して採用されるが、定期社員及び特別社員は簡易な面接と履歴書等の書類の提出によって採用されるなど方式を異にしており、また、採用後も定期社員から正社員に登用される途はない。しかし、就労年限については、定期社員と正社員とのいずれについても満六〇歳までとされている。

3  債権者の雇用の経緯について

債権者は、昭和四五年に富士電機(松本工場)に採用されたが、昭和五三年二月に自己都合退職し、その後、昭和五五年一〇月、富士電機(松本工場)にアルバイトとして採用され、同工場に二カ月在籍した後、富士電機の系列下にある富士電機松本サービス株式会社に常作員(定期社員)として採用され、昭和五六年四月まで同社に在籍した。そして、昭和五六年四月に債務者が設立された際に、右松本サービス株式会社が行っていた設備の設計、制作等の業務のうち、比較的高齢者に適した仕事が債務者に移管され、これに伴い、債権者を含む同社従業員が、従前と同様の労働条件で債務者に採用された。その直後から、債権者は、債務者の求めに応じて雇用期間の定めのある雇用契約書に署名押印するようになった。債権者は、債務者の求めに応じ、遅くとも、昭和六一年五月以降、会社は本人を定期社員として六か月間の期間を定めて雇用し、期間満了の日をもって雇用契約は解除する旨の趣旨の記載のある定期社員雇用契約書二通に自ら署名押印し、その一通は債権者が、他の一通を債務者が保管するという手続をとるようになった。債権者は、期間満了毎に、債務者側の求めに応じ、同様の定型文言の印字された雇用契約書に特段異議を唱えずに自ら署名押印し、これを平成五年一一月二〇日までの間反復した。そして、期間更新の際には、格別の辞令交付等はなかったが、更新を機会に賃金等が改訂されたり、その際に、債権者が、賃金の額を債務者側に確認するなどしたこともあった。

4  債権者の担当業務等

債権者は、昭和六一年ころ、債務者から、富士電機松本工場資材部検査課で稼働するよう指示され、同工場の指揮命令に従って働くようになった。

債権者は、本件雇止め当時まで、右富士電機松本工場において、本工と共に、外部から搬入される製造部品の数、寸法、規格、品質の検査業務に従事し、その始業時間及び終業時間は右本工と同一であった。しかし、債権者ら定期社員の業務内容は、マニュアルに従った単純で代替性のある作業であるのに対し、右本工は、債権者らと混在して作業していたとはいうものの、富士電機において社内研修等を受け、専門的知識や技術を要する作業をも担当していた。

5  右の事実を総合すれば以下のとおり認められる。

債権者は、債務者松本事業所における定期社員として、債務者の親会社である富士電機松本工場において、同社の本工(正社員)と一体となって稼働していたもので、現実の労働時間、作業内容等主要な労働条件においては、右本工と共通する面が多かった。しかしながら、債務者における正社員と定期社員では、適用される就業規則、採用の際の手続等の処遇面において明確に区別されており、また、定期社員から正社員への登用の道もない。とりわけ、債権者と債務者との間では、採用後まもなく雇用期間を定めた契約書が定期的に取り交わされ始め、少なくとも昭和六一年五月からは、毎年五月二一日と一一月二一日に、雇用期間を六か月と明定した定期社員雇用契約書に対し、債権者本人がその度ごとに署名押印して、新たに雇用期間を六か月とする雇用契約を締結するという手続が繰り返し履践されており、契約が自動更新される扱いであったとはいい難い。

右事情に鑑みると、本件雇用契約は、六か月という期間の定めのある雇用契約に他ならないというべきであって、これが、その後反復更新を多数回重ねたことのみによって期間の定めのない雇用契約に転化したということはできない。更に、前記のように、期間を明定した定期社員雇用契約書により雇用契約を締結するという手続が履践されており、本件雇用契約がその実質において期間の定めのない雇用契約と異ならない状態で存在していたとまではいい難い。

しかしながら、定期社員に関する就業規則には、期間満了後も引き続き雇用される場合がある、就労年限を満六〇歳とする等の長期間の雇用継続を期待させる規定があり、実際、本件雇止め以前には期間満了で雇止めされた定期社員がいないこと、債権者自身、前記雇用契約を多数回反復更新し、約一三年間にわたり債務者に勤務し続けたものであること(なお疏(ママ)明によれば債務者の女性正社員の平均勤続年数は八ないし九年程度であることが認められる。)等によれば、債権者、債務者双方としても、定期社員とはいえ雇用期間が満了すれば直ちに雇用関係を終了させようとの意思を有していなかったことは明らかであり、一定の継続的な雇用関係を前提としていたということができる。したがって、債権者の本件雇用関係の継続に対する期待については、これを保護する必要がある。

以上から、本件雇用契約においては、特段の事情のない限り、契約期間満了後も継続して定期社員として雇用することが予定されており、雇止めをするについては、解雇に関する法理が類推され、正当な事由が認められる場合に雇止めが有効になると解すべきである。

しかしながら、期間の定めのある雇用契約を前提とする本件定期社員については、いわゆる終身雇用を前提に雇用関係の継続に対する強い期待の下に期間の定めのない契約を締結する正社員と異なり、解雇に関する厳格な法理をそのまま適用することは相当でない。したがって、本件雇止めの有効性の有無については、解雇に関する法理(本件においては整理解雇に関する制限法理)を前提にしつつ、諸般の事情を総合し、全体として雇止めを認めることに合理性があるといいうるか否かを判断すべきである。

二  本件雇止めに至る経緯

疏(ママ)明及び審尋の全趣旨によれば、以下の事実を一応認めることができる。

1  債務者は、当初、松本、千葉、東京、鈴鹿、吹上、神戸、川崎、三重、可児に事業所を有し(なお、神戸は昭和六〇年四月に、川崎は平成六年三月に、三重及び可児は同年一〇月に廃止された。)、それぞれ独立採算制をとっている。右事業所は、いずれも債務者の親会社である富士電機の各工場の敷地内に位置しており、債務者松本事業所の業務の大部分は、同一敷地内にある富士電機松本工場からの発注によるものであった。

2  債務者松本事業所は、昭和五六年の設立以来損益共に問題のない経営状況であったが、平成三年度下期に至り経常損益約二〇〇〇万円の赤字決算が生じた(平成三年度上半期は経常利益約一二〇〇万円)。これは、<1>平成三年度上期までは、債務者松本事業所の主力機種であった電力量計用部品の加工について安定した発注を富士電機松本工場から受けていたところ、同年度下期に至り、円高が原因で富士電機松本工場が海外からの受注が減少したため同工場からの発注は減り、操業維持のため従前外部下請けに発注していた部品加工を債務者で行うようになったが、損益の改善には繋がらなかったこと、<2>債務者松本事業所は、富士電機松本工場から有償貸与を受けた前記電力量計部品加工の諸設備が老朽化し、その賃借料が増大したこと、<3>富士電機松本工場の半導体部門の物量が減少したため、債務者松本事業所の半導体関連業務の受注量が減少したこと、等が原因であった。

3  平成四年度に入っても、輸出用電力量計、半導体ともに市況に回復の兆しが見えず、富士電機松本工場では、前記平成三年下期の物量と同水準となった。債務者松本事業所では、人員体制について平成三年と同様の水準を維持したまま、経費の圧縮や残業削減等が実施されたが、人件費の上昇分を補えたにすぎず、結局、上期下期合計で経常損益で四二〇〇万円の赤字となった。

4  平成五年度は、予算編成段階で大幅な物量や発注の減少が予想され、年間で一億六七〇〇万円もの赤字が発生するおそれが生じた。そのため、債務者松本事業所は、まず、受注確度が低いものも取り込んで物量の増加を予算に計上したが、経費削減については、材料費が殆ど富士電機松本工場からの支給によるものゆえ合理化の余地はなく、残業削減も部品加工部門は一人月五時間、サービス部門はゼロベースで折り込んでいたため限界に達していると判断した。そして、人員負荷状況は、平成四年度末人員三四〇人に対して平成五年上期に二九人、下期に一一人の合計四〇名の従業員が余剰になると見込まれた。

債務者松本事業所は、右状況から、平成五年度は人員対策が必要と判断し、その具体的方法として、<1>富士電機松本工場からの出向者につき、上期一〇人、下期一五人を同工場に応援に送り返す(同人員の賃金負担分(合計約六五〇〇万円)につき、債務者松本事業所の経費削減となる。)、<2>実施方法は後日検討することにして一〇名以上の従業員を削減する(約二六〇〇万円以上の経費削減)ことを決めた。しかしながら、この段階でも二九〇〇万円の赤字が見込まれたが、そのまま平成五年度の予算が確定された。

平成五年度は、予算の執行段階で、物量がやや回復したものの対前年比で約一億八〇〇〇万円の減少であり、最終的には経常損益で約二九〇〇万円の赤字が見込まれた。

5  以上のような経過から、債務者松本事業所は、平成三年から平成五年の三期連続の赤字で、合計約七八〇〇万円の経常損失を生ずるに至った。さらに、同事業所の受注先である富士電機松本工場が、いわゆるバブル経済崩壊後の不況による物量減少と輸出品であるHDD(ハードディスクドライブ)の円高による市場から撤退等の事態が生じたため人員余剰状態が生じ、その対策として、従前、債務者松本事業所に発注していた一部の業務を打ち切って自社の余剰人員に当てることになった。

6  債務者松本事業所は、右の事情から、一層余剰人員を抱えることになり、人員対策をさらに講ずる必要が生じ、まず、第一段階として、平成五年四月に、<1>同年度は定期社員及び特別社員の新規採用をしない、<2>同年四月一日現在五五歳である定期社員一九名について雇用期間が満了する同年五月二〇日で退職するよう勧奨する、<3>既に六五歳に達している特別社員等五名についても退職を勧奨する旨決定した。その後、個別面接をして各対象者と話し合いがもたれた結果、<2>の定期社員については、既に退職の意思表示をしていた三名を除く一六名につき、個人的事情から雇用期間が延長された者もいたが、最終的に翌平成六年三月二〇日までに退職に応じ、<3>の特別社員五名も退職に応じた。

7  債務者松本事業所は、右施策によっても余剰人員対策として不十分と判断して、平成五年一〇月中旬ころ、<1>富士電機を新たに退職する者(六〇歳)については特別社員として採用しない、<2>六五歳未満の特別社員についても現在の雇用契約期間満了をもって退職するよう求めることを決め、同年一一月六日に、六五歳未満の特別社員全員を集めて、会社の状況を説明して雇用期間満了を以て退職することを求め、同月八、九日に個別面接を実施した。その結果、対象となる特別社員のうち、特殊技能を有する一名を除いた一六名全員が退職に応じ、平成六年八月二〇日までに退職する旨全員が合意した。

8  以上のように、平成五年五月から同年一一月までの間に、定期社員及び特別社員の合計三七人が退職勧奨に応じたが、債務者松本事業所は、さらに、一〇人前後の余剰人員があると判断し、五五歳未満の定期社員についても、希望退職を募ることとした。そこで、債務者は、次期定期雇用契約の締結予定日の一〇日前である平成五年一一月一〇日に、債権者を含む定期社員全員を集めて、会社の状況や人員整理の必要性について説明し、同月二〇日に六か月間の定期雇用契約は締結するが、同期間満了後の雇用期間延長は確約できないとした上で、定期社員に対して希望退職を申し出るように促した。同月二〇日に雇用期間を翌平成六年五月二〇日までとする定期社員雇用契約が、債権者ら定期社員と債務者との間で締結され、その後、前記希望退職を促してから一か月経っても退職を申し出る者は出なかった。そのため、債務者松本事業所としては、平成六年五月二〇日の定期社員の契約期間満了時に、一〇名前後の雇止めをせざるをえないと判断したが、富士電機の関連会社である富士電機松本ホーエイ株式会社(以下「松本ホーエイ」という。)に働きかけ、同社の清掃業務担当従業員として債務者松本事業所から四名の従業員を受け入れる旨の承諾を取った。

9  債務者松本事業所は、まず、平成五年一二月二〇日ころ、余剰人員を抱えていた同事業所の四部署から、加齢のため目が悪く細かな作業に従事することができない者三名と、社内で従前から協調性に欠け勤務態度に問題があるとの評価を受けていた債権者の合計四名が最終的に雇止めの対象になると判断して、個別に松本ホーエイへの転社を促した上で雇用期間満了に伴い退職するよう交渉することにした。

債務者松本事業所の担当者は、右四名の者と面談した際、<1>会社の現況が苦しく、平成六年五月二一日以降の雇用の手だてがないので、同月二〇日付けで退職して貰いたい、<2>松本ホーエイへの転社を伴うが、同社の清掃業務の仕事があり、給与等従前通りの労働条件を保障するので、転社の意思があれば斡旋する等の趣旨の説明をし、承諾を求めた。

10  その結果、二名の定期社員は松本ホーエイへの転社に応じ、一名はこれに応じず平成六年五月二〇日付けで期間満了に伴い退社することを承諾した。これに対し、債権者は、「家庭的にも自宅を新築したため借金があるので働かなければならない。しかし、会社に出てきてまで家の中と同様の仕事(清掃)をするのはいやだ。清掃以外の仕事を探して欲しい。」旨述べて、転社を拒否した。これに対して、債務者松本事業所所長から、債権者が転社を拒否するならば他に雇用を守る手だてがないので、平成六年五月二〇日に退職してもらわなければならないと話した。債務(ママ)者は、雇用の継続を求めたが、「清掃の仕事は絶対に嫌である。」旨答え、これに対し、債務者担当者は、債務者として松本ホーエイ以外の転職先を探してみるが、その結果同社以外の転職先がない場合、債権者が同社への転職を拒否するのなら平成六年五月二〇日で退職してもらわざるをえないと説明した。これに対して、債権者は、「そうであれば仕方がない。」等と述べ、特に債務者側からの右説明に対して強く抗議する等の態度は示さず、同日の話し合いは終了した。

11  右以降、債権者と債務者との間で雇止めに関する話し合いはなされなかったが、平成六年四月二〇日、債務者松本事業所所長の指示を受けた職員が、債権者に対して一か月後の雇用期間満了に伴う退職願の提出を求めるなどして本件雇止めの意思表示をしたところ、債権者は、今退職する訳にはいかない、以前、清掃の仕事にかわらないかと言われたとき、期間満了で退職すると約束した覚えはないと主張した。同月二二日に、同事業所所長が、債権者と面談して、松本ホーエイへの転職に応じないならば期間満了により退職するよう求めたが、債権者はこれに応じなかった。

12  債権者は、同年五月二四日、出勤しようとしたが、債務者松本事業所所長らから、同月二〇日で期間満了で雇用契約が終了していることを理由に就労を拒否された。

13  ところで、本件当時、富士電機全体では、バブル崩壊後の不況等で平成三年から三期連続で減収減益となり、平成五年の経常利益は五五億四〇〇〇万円であったが前年比で約四一パーセント減少しており、経常利益率も一パーセント程度であった。富士電機松本工場は、平成四年度に約九億七〇〇〇万円、平成五年度に約八億六〇〇〇万円、平成六年度に約二六億三〇〇〇万円(見込み)の三年連続の赤字決算となり、余剰人員が生じたため、業績の上向いた半導体部門に配置転換したり、従来子会社が受注していた業務の発注を打ち切り、自社の従業員を配置するなどの人員調整が行われた。特に、債権者が派遣されていた資材部検査課における受入れ検査実施件数も平成四年度上半期から平成六年度上半期にかけて約三分の二に減少しており、余剰人員整理の一貫(ママ)として、右検査部門については、逐次債務者の派遣従業員から富士電機松本工場の従業員に切り換える方針を採るに至った。そのため、債務者松本事業所から派遣されていた検査部門担当の定期社員ら(債権者もその一人)が、右松本工場において余剰人員となった。

本件雇止め後である平成六年度の債務者松本事業所の経営状況は、同上期で約九〇万円の赤字となったが、同下期には九四〇万円の黒字となった。また、同事業所の人員は、平成六年三月二一日当時三〇一人であったが、本件雇止め以後の同年九月二一日では三二四人に増加している。

14  債務者の合意解約の主張について

なお、債務者は、本件雇止めに先立つ平成五年一二月二一日において、債権者との間で本件雇用契約につき合意解約がなされている旨主張するので、この点について検討するに、右認定のとおり、債権者は、右同日、債務者から、松本ホーエイに転社するか、平成六年五月二〇日付けで期間満了により退職するよう強く求められ、当初これに応じない姿勢を示したが、再度の債務者からの説得に対して、最終的には「それならしょうがない。」等と述べ、債務者の右要望に反論や反発等しないで話し合いを終えたものである(その後、両者の間では、平成六年四月二〇日に至るまでの間、一切、右退職に関する話し合いはもたれていない。)。したがって、債務者として、債権者が右退職勧奨に反対しない意向であると考えても無理からぬ事情があったといいうる。しかしながら、他方で、右の際に当事者間では退職届け等の文書は一切授受されず債務者が債権者に退職届けの提出を求めたのは、期間満了一か月前の平成六年四月二〇日であり、また、債権者は、右同日以降、本件雇止めに反対する姿勢を明らかにしている。

以上に照らせば、債権者と債務者との間で、平成五年一二月二一日、平成六年五月二〇日をもって債権者が債務者を退職する旨の合意が成立したとまでは認められない。

四(ママ) 本件雇止めの有効性について

1  人員整理の必要性について

前記事実及び審尋の全趣旨によれば、以下のとおりいうことができる。債務者松本事業所は、平成三年から本件雇止め時の平成五年にかけて、三年連続の赤字決算が続き総額約七八〇〇万円に上った。その原因は、同松本事業所の主たる取引先である富士電機松本工場が、円高不況やバブル崩壊後の不景気により、海外等からの受注量が減少し人員過剰になったことにあり、当時の経済情勢を背景とするもので改善の見通しも明らかではなかった。かような事態に対し、債務者松本事業所は、経費節減、残業規制、富士電機松本工場からの出向者の返上、定期社員、特別社員の新規採用の停止等を行ったが、前記赤字収支を改善するために、さらに余剰人員を整理する必要があると判断し、年齢が比較的高齢の特別社員、定期社員から順次退職勧奨し、その結果、特別社員のほぼ全員及び一六名の定期社員が退職した。しかし、さらに余剰人員の整理が必要と判断した同事業所は、定期社員全員に希望退職を募ったが、申出者がいなかったため、最終的に一〇名程度の人員整理が必要と判断し、本件雇止めに至った。

なお、疏(ママ)明によれば、債権者は(ママ)、債務者は前記のとおり最終的に一〇名前後の雇止めが必要と判断しながら、平成五年一二月の段階で債権者ら四名を人選したのみで、最終的には残り六名を雇止めの対象に人選しなかったとの事情が認められる。しかしながら、他方で、疏(ママ)明及び審尋の全趣旨によれば、債務者としては、平成六年三月までに雇止めの対象者を人選する予定であったところ、同月までの間に定期社員の中から数名の退職希望者が出た。そのため、更に残りの前記六名程度について雇止めを行わなくとも余剰人員の解消が可能な状況になり、特に右人選を行わなかったとの経緯が認められる。したがって、前記事情があったからといって、本件当時、雇止めを行う必要がなかったとはいい難い。

また、前記のとおり、債務者松本事業所は、本件雇止め以後の平成六年九月二一日に三六名の新規採用をしており、総従業員数も三〇一人から三二四人に増加している。しかし、疏(ママ)明によれば、右新規採用は、債務者松本事業所が、富士電機松本工場から新業務を受注することを前提に、同業務に対応する従業員を同工場から言わば仕事付きで引き受けたものであることが認められる。したがって、前記新規採用があったからといって、本件雇止め当時、債務者松本事業所に余剰人員がなかったということもできない。

以上を総合すれば、本件当時、債務者松本事業所としては、人員整理を行う必要性があったと一応認めることができる。

ところで、債権者は、債務者は富士電機の完全子会社で両者は一体の関係にあるから、真に人員整理の必要性があったか否かは富士電機の経営状況をも踏まえて判断するべきである旨主張する。

しかしながら、債務者は富士電機の完全子会社とはいえ、あくまで別個の法人であり、債務者の法人格を否認すべきような事情も窺われず、独自の判断と責任に基づいて経営を行っているということができる。そして、債務者においては、各事業所で独立採算制が採られているのであるから、本件における、人員整理の必要性については、前記のとおり、主に債務者松本事業所に関する諸事情を勘案して判断すべきである。

なお、前記のとおり、本件当時は、松本事業所以外の債務者全体としても赤字収支が続いており、親会社である富士電機も、平成五年度の経常利益は約五五億円であるが、前年比では大きな減益となっており、三年連続で減収減益傾向が続いていた。さらに、債務者松本事業所の主たる取引先である富士電機松本工場は、半導体デバイス部門で一部好調の部署があるものの、平成四年及び五年に八億円から九億円の多額の赤字決算となり、平成六年度もさらに多額の赤字決算となる見込みであった。

したがって、仮に富士電機及び同松本工場の経営状況等を踏まえても、債務者松本事業所において、当時、人員整理の必要性がなかったとはいえない。

2  雇止め回避義務について

前記のとおり、債務者松本事業所は、経費節減、残業規制、富士電機松本工場からの出向者の返上、定期社員、特別社員の新規採用の停止、年齢が比較的高齢の特別社員、定期社員から順次退職勧奨をするなどしたが、さらに余剰人員の整理が必要となり、定期社員全員を一同に集め希望退職を募ったところ、結局申し出る者がいなかったものである。そして、債権者ら雇止めの対象とされた四名に対しては、雇止め後の就職先を確保するために、従前と同一の労働条件を保証(ママ)した上で、同じ富士電機グループ内の一社を転職先として斡旋している。以上を総合すれば、債務者としては、雇止めを回避べき義務を相当程度尽くしたものということができる。

なお、債権者は、斡旋された右転職先が清掃業務という債権者の従前の業務に比して劣悪なものであったから、解雇回避義務を尽くしたとはいえないと主張する。しかし、債権者と同様に雇止めの対象となった三名のうち二名は債務者の斡旋に応じて現に右転職先に転職しており、その他本件全疏(ママ)明を総合しても、債権者において受入れが困難な転職先であったとはいい難い。したがって、債権者の右主張は採用できない。

また、債権者は、債権者らが雇止めの対象に選ばれた後の、平成六年三月に三名の自然退職者が出たのであるから、定期社員全員に個別面接する等して希望退職を徹底して募り、他の従業員を雇止め対象者に人選するなどしておれば、債権者を強制的に雇止めする必要性はなかったと主張する。確かに、労働者の雇用は最大限保護されなければならず、債務者としては、前記債権者主張の方策を尽くすことが望ましかったといいうる。しかしながら、前記認定の経緯から明らかなように、本件では人員整理が必要と判断された後、直ちに雇止めが断行されたわけではなく、前記退職勧奨等の措置が繰り返し試みられており、本件雇止め前には十分とはいえないまでも定期社員全員に対し希望退職を募っている。また、債権者の主張のとおり自然退職者が三名出たにせよ、前記のとおり、その後の本件雇止め当時においても、依然、債務者松本事業所の余剰人員は解消されていなかったものである。

したがって、これらの経緯を全体としてみれば、定期社員全員に個別面接して希望退職を更に積極的に募らなかった等の事情があるからといって、債務者が雇止めを回避すべき義務を怠ったとまではいえない。

3  雇止めの人選の合理性について

疏(ママ)明及び審尋の全趣旨によれば、債権者を雇止めの対象に人選した経緯等については、以下の事実が認められる。

債権者は、債務者松本事業所に一三年間もの期間勤務したものであり、このように勤務年数が長期にわたり相当な貢献をしているとみうる労働者を雇止めの対象とすることには、より慎重な配慮が要請される。しかしながら、債(ママ)務者は、昭和五二年末ころ当時勤務していた富士電機松本工場を無断で欠勤するようになり、さらに約一〇日間連続で無断欠勤をしたため、同工場の人事担当者が債権者方を訪れて退社を促した。その結果、債権者もこれを承諾し、最終的に、昭和五三年二月一日付けで自己都合退職することとなった。そして、債権者は、その後、債務者松本事業所入社後も、欠勤が多いため仕事の予定が立たない、勤務態度に問題がある、作業内容に対する不平不満が多く職場内での協調性がない等として、同人の派遣先富士電機松本工場から債務者松本事業所所長に対し苦情が寄せられ、債権者の配属換えが求められる等した。右事業所所長は、債権者に対して、前記諸点について注意し、さらに、昭和六一年一二月ころ、債権者に関する従前の問題点を多数列記した文書(<証拠略>)を交付して退社を促したこともあった。その後、債権者は欠勤等はなくなったが、その他の勤務態度等に大きな改善はなく、債務者松本事業所が、平成五年三月、本件人員整理に先立って実施した勤務評定でも「勤務態度にやや問題あり」、「雇用期間満了をもって退職しても補充不要の場合」等と評価されている(なお、従業員の勤務評価については使用者の合理的な裁量に委ねられているところ、本件全疏(ママ)明によるも、債務者の債権者に対する前記評価が不合理なものであったとの事情は窺われない。)。そして、右評価等に基づいて、本件雇止めがなされたものである。

以上の経緯に照らせば、債務者が、債権者を本件雇止めの対象者として人選したことについては合理性があるといいうる。

なお、債権者が主張するように、同人は未婚女性であることから自らの賃金で生計を立てなければならず、有夫の主婦に比して雇用関係を維持する必要性は高いものである。また、債権者は、実母、実弟と同居しており、実弟名義で建物が新築されたことから、立場上建築費につき一定の負担をする必要があることも首肯しうる。したがって、使用者としては、債権者のような立場の定期社員については、可能な限り雇用関係を維持するよう努力すべきである。しかしながら、前記認定のとおり、債務者としては、従前と同一の労働条件を保障して転職先を斡旋する等債権者の生活保障に一定の配慮を尽くしており、この点に前記債権者の勤務評定、本件雇止めに至る経緯等を併せて考慮すれば、債権者を雇止めの対象とすることが不合理であったとはいえない。

4  雇止めに関する説明・協議義務について

前記のとおり、債務者は、次期定期社員契約締結予定日の一〇日前である平成五年一一月一〇日に、会社の経営状況や人員整理の必要性等について、債権者を含む定期社員全員を集めて説明し、次回の期間満了日である翌平成六年五月二〇日以後は雇用継続を保障できない旨説明した。更に、債務者は、同年一二月二一日に、雇止めの対象者となった債権者らに個別的に面接し、あらためて会社の状況や人員整理の必要性について説明し転職先を斡旋するなどしたものである。また、本件雇止めの意思表示から雇用期間満了に至るまでの間も、債権者の要求により、同人と債務者側担当者との間で本件雇止めについて話し合いが持たれ、再度債務者側から債権者の雇用確保が困難である等の説明や説得がなされている。

そして、前記のとおり、債務者が人員整理のため平成五年四月以降行った一連の退職や転職の要求に対しては、債権者以外の定期社員及び特別社員は概ねこれに応じて、任意に退職ないし転職している。したがって、当時の債務者松本事業所における経営悪化や人員整理の必要性については、大多数の従業員の了解が得られるような説明がなされていたことが窺われる。

右によれば、債務者は、債権者ら定期社員に対し、人員整理の必要性等について了解を得るため、説明、協議すべき義務を相当程度尽くしたということができる。

5  以上の諸事情を総合すれば、本件雇止めには正当な事由があったというべきである。したがって、以上によれば、本件雇用契約は、平成五年五月二〇日に終了したものといえる。

五  以上から、その余の点について判断するまでもなく債権者の申立には理由がない。

よって、主文のとおり、決定する。

(裁判官 青沼潔)

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